『〈美しい本〉の文化誌』著者あとがき公開

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あとがき

 七章にわたって、いくつかの視点から日本の近代から現代に至る装幀(ブックデザイン)の基調音と通奏低音に耳を傾けてきた。わが国の近・現代装幀史の光芒をたどる初の試みであると自負するものであるが、あらためてその裾野の広さと分厚い歩みに感銘を深める。

装幀文化揺よう籃らん期は模索の時代。夏目漱石がアートディレクター的な役割を果たし、時に自ら手を下しつつ、橋口五葉という若き異才をわが国初めての装幀家として育てることで、ひとつの規範を開示。以来、美術家や著作者自身、文化人、編集者たちがその一翼を担い、近代装幀の歴史を築いてきた。多士済々、多彩を極める担い手の登場には目を見張る。とりわけ、五葉や小村雪岱の版画的な美意識との親和と、象徴的な存在であり続けた恩地孝四郎に代表される版画家の活躍を特記したい。版画と装幀とはその複製性において共通のモーメントを持っている。が、その版画表現の変質を契機とする版画家装幀の退潮は、わが国の近代装幀が共有し、読書人から広く支持されてきた〈物語〉の喪失を印すものとなった。

 一九六〇〜七〇年代以降の装幀は、画家や版画家による〈美術〉としてのそれに代わって、タイポグラフィへの認識に立って、本文組を出発点とする〈ブックデザイン〉への移行が進んだいきさつを見てきた。装幀あるいはブックデザインに特化したプロフェッショナルの進出も顕著となり、当然のこととしてあった編集者などによる社内装幀の占める役割は大きく後退した。

 また、「平成」の始まり(一九八九年)とほぼ重なり合うかのようなDTP時代の到来は、それまでのアナログ時代の「一子相伝」的なデザイン手法の終焉をもたらした。それぞれの出版社であったり、有力なデザイナーやデザイン事務所であったりが独自につちかってきた〈基準〉にとって代わり、デジタルテクノロジーの高度なスキルは、誰でもがそれ相応の完成度に導かれることになった。が、その結果としてデザインのある種の〈大衆化〉現象が生じ、それぞれの完成度は相応のレベルに達していながら、皮肉にも函からこぼれ落ちたコンペイトウが散乱しているがごとき細分・分極化が進行している。奥行きある身体性を欠いたデジタル特有の平板さもその印象をさらに強くする。

 公式のない現代の映し絵のようなこうした様相に直面すると、わが国の装幀文化が営々と積み上げ、共有されてきた価値観をもう一度、問い直してみることが肝要だと思えてならない。新世代気鋭による身体性を強く刻印するチャレンジを最後に紹介したが、これも閉塞状況に風穴をあけようとする批判精神のあらわれだろう。

 これまでの装幀が内にたたえていた、世界的にも並びないに違いない豊饒な本質を総合的に検証すべき時が来ているのであり、本書がその内実を明らかにすることで未来を見通す一助となることを願ってやまない。

 

書籍概要:
http://book-design.jp/works/371/

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